主こそ真の癒し主

篠田 裕司

(Hiroshi Shinoda)

■氏は医学博士、循環器専門医。本稿は1999年4月27日(火)VIP大阪(@アイル・モレ・コタ)における証しです。

1. 生かされている喜び

神様から見れば罪人にすぎない私が、皆様の前でこのようにお話をさせていただく時が与えられたことを、心から神様に感謝したいと思います。旧約聖書の中に、次のように書かれている箇所があります。

 

天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えたものを引き抜くのに時がある(伝道者の書3章1~2節)。

 

今生きているのは決して当り前のことではありません。私は、毎日のように、呼吸をするのが困難な方、食事がスムーズに入らない方等々たくさんの患者さんに出会います。このような仕事をしていますと、今の私達のように、自由に息を吸うことができ、心臓が休みなく動いているというのは、本当に生かされているからこそできることなのだと思います。ですから、私は、このことを時々思い出しては、神様に感謝することにしています。聖書にも、

 

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝しなさい(第一テサロニケ人への手紙5章16~18節)

 

と勧められています。健康で生かされていることをはじめ、全てのことについて感謝することができたら、本当にすばらしいことだと思います。

2. 高校まで

さて、私の人生を振り返ってみますと、クリスチャンになるまでと、それ以降に大きく分けることができると思います。唯一の神様の存在を信じるようになってからは、人生に対する価値観が大きく変化し、かつ、自分のアイデンティティー、つまり自分が何者であるかがはっきりと致しました。また、死に対する漠然とした恐れが全くなくなりました。

 

小、中学生の頃、伯父の死や祖母の死に出会い、人が死ぬという現実に直面して、「どうせいつか死ぬのであれば、若くして死んでも、年老いて死んでも、何をしてもあまり変わらないのではないか」と思ったりしました。

 

高校時代に母親が眼の病気になったことがきっかけで、私は友人に誘われてはじめて教会というところに行きました。それによって、私は、この世の中に、神を信じる教会という存在があるということを初めて知りました。

 

教会の高校生会で神様の存在について教えられたのですが、その時はまだイエス・キリストと自分との関係がはっきりとわかりませんでした。「この世の中では、努力すればそれだけ報いがある。努力だけが人生を切り開く」と考えていました。友人とも、生きる意味などのことではなく、社会運動的議論をよくしていました。現代の最高の知性は、神の存在についてどのように考えているかと思い、哲学書なども読んだり致しました。

3. 学生時代

大学に入り、岐阜から大阪へ出て来た18才の時、道を歩いていて、宣教師が教会のバイブルクラスの案内を張っている所に偶然出会い、その教会に行くようになりました。クラスの後のお茶の時間に、いつも議論になりましたが、私は、神の存在についてはっきりと理解することができませんでした。宣教師は、「永遠の命がある」といつも話しておられました。

 

私は、大学のギリシャ哲学の先生の所に、ドイツ語を学ぶために通っていたのですが、その先生から、「神の存在を信じてしまったら、冷静な理性的な判断ができなくなってしまう。神を認めても、信ぜずに知性で神を追求するのが哲学的生き方だ」と言われました。そして、「そのためにも、一時教会から離れた方がいい」という助言もいただきました。私は、「中途半端で教会に行くよりも、離れるべきだ。信じるなら、信じて教会に行く。信じないならば、教会には行かない」と決心しました。

 

この問題は、信じるか信じないかの信仰の問題であるとわかっていました。「今度教会に行く時は信じる時だ。それは、僕が死ぬ時かもしれないし、一生行くことはないかもしれない」と思いながら、私は教会に行くことを止めました。しかし心の中では、「本当に神様が信じられたらいい」とも思っていました。

 

その後、学生運動にのめり込み、デモや合宿に忙しい日々を過ごすようになりました。その時の思想は、若い私達が先頭に立ち、社会を根底から変えて変革していこうというもので、「まず破壊から全ての再生が始まる」という急進的な考えでした。

4. 真の神との出合い

1967年12月、精神的に追い詰められて、毎日毎日生きていくのに戦いが続きました。朝起きると不安で、「後5年も生きることができれば十分だ」と考えたりもしました。

 

12月31日の大晦日、大阪から郷里の岐阜へ帰ろうとした時、私は、その日が日曜日だと気が付きました。時間があったので、和歌山の潮の岬を通って帰ろうとしていましたが、その途中の枚方に教会があるのを思い出しました。途中下車して教会に入ると、不思議なことに、「やっと来るべき所に、たどり着いた」という思いが致しました。

 

礼拝の後、宣教師の部屋に招かれた時、宣教師からただ一言、「あなたは救われたいのですか」と聞かれました。かつてあれ程議論した神の存在等ということは、今はどうでもよくなっていました。ただひたすら「助けが欲しい」という渇きがあり、私も、ただ一言「はい」とだけ答えました。「一緒に祈りましょう」と言われて、私は、心の底から「神様助けて下さい」と叫びました。私があまり叫ぶので、宣教師から「感謝しなさい」と言われました。この祈りの中で、私は、今まであれ程わからなかった神の存在が、明確に認識できるようになりました。

 

聖書の中に、次のように書かれています。

 

すべて、疲れた人、重荷を負っているいる人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたも私のくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎがきます。わたしのくびきは負いやすく、私の荷は軽いからです(マタイの福音書11章28~30節)。

 

重荷をイエス・キリストに委ねることにより、私は、本当に心が軽くなり、平安を得ることができました。それまでは暗闇の中を歩んでいたのが、急に光がさして来たように、喜びを持って人生の道が歩めるようになりました。神の存在の認識は、頭(知性)での理解ではなく実体験なのだ、とわかりました。私の場合は、苦しみからの解放であり、その体験を通して、私は、心から神の存在を信じることができるようになったのです。「一生教会には行かないかもしれない」と思っていましたが、このようにして、私は、再び教会に行くようになりました。

 

一番大きく変わったことは、永遠に変わらない唯一の神を信じることにより、自分が何者であるのか(アイデンティティ-)がはっきりしたことです。それまでは自分の意志と努力で歩んでいて、価値観が絶えず変わっていたのですが、永遠の神を信じることにより、どのような状況にあっても左右されない、堅い岩の上に立ったような人生の安定感を覚えるようになりました。

次の聖書のみことばは、私の魂の叫びです。

 

私は主を愛する。主は私の声、私の願いを聞いてくださるから。主は私に耳を傾けられるので、私は生きるかぎり主を呼び求めよう(詩篇116篇1~2節)。

 

聖書のみことばには、人の人生を根底から変えることができる力、私達の魂に平安を与えることができる力があることが、本当によくわかりました。

 

またあなたがたも、キリストにあって、真理の言葉、すなわちあなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことによって、約束の聖霊をもって証印を押されました(エペソ人への手紙1章13節)。

 

イエス・キリストは、私達の罪を負って十字架にかけられ、墓に葬られ、3日目に復活され、天に昇られ、また聖霊として今も働いておられるがゆえに、このように人の心を変えるのが可能なのだと思います。

5. 進化論の誤り

医学部に入った時に、発生学を学び、海水の組成と血液の組成とが似通ったものであり、単細胞より人類が進化した、と教えられました。しかし、進化論が言うところの進化の可能性は、車の部品を並べておいて、風が吹いて一瞬のうちに車ができ上がる確率にも及ばないということですから、全くありえない話です。

 

芸術作品には芸術家の意図が現われるように、人や自然、宇宙には、全て創造主の意図がそこに必ず現われているはずです。花、木、動物、魚そして人間、そのどれを見ても、その完成された姿、全体の調和の中に、それらを形造った方を認めないわけにはいきません。それらの中に組み込まれた遺伝子情報には、精密な神の設計図が入っていることを、現代において、私達は知ることができます。

 

眼という器官ひとつをとっても、眼は最初から見えなければ、眼としての役割は果たせないわけですし、最初は何かよくわからない未発達のものが、何の意図も方向性もなしに徐々に進化していって、物を見るという機能をいつの間にか自然に備えるようになったとは到底考えられません。見える機能を持つのが「眼」、聞こえるという機能を持つのが「耳」というためには、最初から完成されたものでなければなりません。聖書にも、『聞く耳と、見る目とは、2つとも主が造られたもの』(箴言20章12節)と書かれています。

6. 医療の現場で

このようにして神の存在を確信したものですから、私は、患者さんにもこの真理を是非知っていただきたいと思いました。そこで、聖書をお渡ししたりするのですが、突然聖書をもらうと、死を宣告されたように受け取る方もあり、知恵を用いる必要があります。キリスト教の文化の土台が日本にはありませんので、信頼関係が十分にできてからお渡ししなければいけない、と感じています。

 

神が人間に与えられた最高の贈り物は、頭脳すなわち知性でしょう。人間に考える力を与え、それを用いて多くの技術が開発され、多くの薬もでき、私達は多くの恩恵を受けています。薬も確かに必要ですし、必要であれば、手術をして患者さんの命を救うこともあります。

 

しかし、医療は、神の癒しの技を間接的に援助する道具にしか過ぎません。有名な言葉に、『我包帯し、神が癒される』という言葉がありますが、身体の真の癒しは神から来ます。傷の修復力、病原菌と戦う力は、人間にすでに与えられているのです。聖書の中に、『私が植えてアポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です』(第一コリント人への手紙3章6節)というみことばがあります。同様に、薬を処方するのは医師ですが、癒すのは神です。

 

また、日常の診療において、患者さんとの接し方は特に大切です。病気の治療のためには確かに薬が必要なこともありますが、まずお互いの信頼関係を築き上げることが大切です。それがあれば、一つの言葉だけで薬のような効果を上げることができる場合がありますし、特に不安を持っている人には効果的です。子供が病気になった時など、言葉だけではなく、手をおいて身体に触れると安心することがありますが、医療の場でも同じことです。聖書にも、『親切なことばは蜂蜜、たましいに甘く、骨を健やかにする』(箴言16章24節)とあります。

7. 健康管理について

有名なドイツの神学者は、「死とは私達の身体を神にお返しすることだ」と言いました。もし、神からこの身体を借りているのなら、大切に管理し使わなければなりません。特に、肥満、高血圧、糖尿病、高脂血症、高尿酸血症などは、私達の生活習慣と密接に結び付いており、生活習慣の改善により健康状態を保つことができます。

 

癌が統計的に増えて来た理由は、長生きする人が増えて来たためでもあります。男性での癌死亡率の順位は、①肺癌、②胃癌、③肝臓癌、④大腸癌で、肺癌、肝臓癌、前立腺癌の増加、胃癌の減少が認められます。癌への関与の割合として、煙草30%、アルコール3%、食事35%、環境汚染2%の数字が出ていますが、生活習慣の変化により癌の死亡率にも変化がみられます。聖書には、『私たちの齢は70年。健やかであっても80年』(詩篇90篇10節)と書かれています。人間は、いつまでも健康と言うわけにもいかず、いつかは病気になります。健康管理と共に、病気になった時の病気管理も大切になってきています。生命の質、生活の質をクオリティ-・オブ・ライフ(QOL)という表現をしますが、病気であっても、病気を管理し、健康度を高めることができるのです。

 

聖書の中に、

 

『いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝しなさい』

(第一テサロニケ人への手紙5章16~18節)

 

と書かれています。すべてのことを感謝しなさいと勧められていますから、万事を益としてくださる神様に望みをおき、病気をも感謝することができるようになれば、本当にすばらしいと思います。

8. Kさんとの出会い

ここで、病気をも受け入れ、神様を信じきった人の証を致しましょう。

 

1996年7月8日、38才のKさんという男性が「胃の調子が悪い」と言って、私の診察室を訪れました。最初に来られた時は、「5月頃より、時々左の脇腹と背中が痛む」という訴えでした。日頃の患者さんの訴えの中でもよくあるケースであり、胃腸薬と痛み止めを飲んでいただくことに致しました。1週間後の7月15日に、Kさんが再び来られ、「痛み止めを飲むと痛みは止まるけれども、基本的には変化がない」と言うことでした。何か気になる訴えでもあり、念のため腹部超音波検査をしたところ、大きな膵臓癌が見つかり、すでに肝臓にも転移している状態であることが判明しました。全く予期しない結果でもあり、大変驚きました。7月23日、Kさんは奥様とご一緒に来られ、「はっきりと原因を知りたい」とのご希望でありましたので、膵臓癌という病名についても、自然にお話することができました。

 

Kさんは、最初は、「あらゆる手段を使っても病気を治したい」と願っておられましたが、この段階に至っては、もはや治療効果は望めませんでした。私は、「この方こそ神様の救いが必要である」と示され、祈っていましたが、7月30日にKさんと個人的にお話する機会が与えられました。その話の中で、Kさん自身から、「教会を捜してみようと家内と話をしていたところです」と言われ、私は内心びっくりしました。正に「神の時が備えられた」と信じ、私は、Kさんと一緒にイエス様に祈ることにしました。Kさんも、イエス様を受け入れる告白の祈りをしてくれました。

 

その年の10月頃までは、Kさんはまだ身体も元気で、腹痛があっても仕事を続けておられました。大変な病気を持って生活されていたのですが、いつも笑顔でイエス・キリストにある希望を語ってくださいました。それまでのKさんは、奥様と2人の子供に囲まれて、大変幸せな日々を送っておられたのですが、「いつかこの幸せな生活にも終わりが来るのではないか」と不安を感じることがあったそうです。しかし、癌だとわかり、イエス・キリストを救い主として信じてからは、「逆に、そのような不安がなくなった」と話しておられました。

 

その年の11月には貧血がひどくなり、洗礼もやっと受けることができる状態でした。12月に淀川キリスト教病院に入ってからは、奥様が献身的に看護されました。奥様は、「主人の信仰は、自分とは全く関係がない」と考えておられたようです。12月13日早朝に、奥様より電話があり、「主人が死んでしまえば、私は2人の子供をかかえて生きていけない」と切々と訴えられました。私が、「ご主人ともう一度天国で会える」という希望についてお話すると、「私も信じたい」と言って、神様を受け入れる決心をされました。

 

Kさんも、精神的にも肉体的にも非常に厳しい状態にありましたが、いつでも「主に感謝します」と言い続けておられました。聖書に、『主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません』(詩篇23篇3~4節)というみことばがありますが、その箇所をお読みすると、「アーメン」と頷いておられました。

 

私達の人生において、様々な人と出会い、深い交わりをすることができることは、神様の大きな恵みです。私もこの神様の恵みにより、Kさんと出会うことができ、信仰の友として共に励まし合うことができたことを心から感謝しています。聖書の中に、次のように書かれています。

 

 

イエスは言われた。私は、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか(ヨハネの福音書11章25~26節)。

 

Kさんは、この望みを抱いてこの世を去りました。死に臨んでも希望を持つことができることを、最後まで証してくださいました。

9. ここに希望あり

タイム誌は,この1000年間の最大のニュースとして、グーテンベルグの聖書の印刷(1455年頃)をトップにランクしています。また、同誌は、20世紀までの最高の人物を、ホームページ上の投票で決めようとしていますが、今のところトップはイエス・キリストだそうです。

 

これらのことは、聖書を通して、イエス・キリストと出会うことにより、どれだけたくさんの人々の人生が、希望あるものに変えられたかということを物語っていると思います。確かに、神なるイエス・キリストが人としてこの地上に来られたことは、人類の歴史上与えられた最大の奇跡です。このお方に信頼し続ける限り、私達が生きる時代がたとえどのような時代であったとしても、私達はいつも希望を持って歩むことができるのです。この真の癒し主なる方に、一人でも多くの方々が立ち返って歩まれることを願ってやみません。